大阪高等裁判所 平成3年(ラ)210号 決定 1991年8月02日
抗告人 森美智子
主文
1 原審判を取り消す。
2 抗告人の氏「森」を「上田」に変更することを許可する。
理由
1 本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消す。本件抗告人の氏の変更許可申立事件を大阪家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、「(1)抗告人は、日本国籍を有する者であるが、平成2年夏ころから、国籍韓国の朴武永(1966年6月10日生)と同棲をするに至り、翌3年4月8日、婚姻届出をした。(2)朴武永は、出生以来継続して「上田武永」の通称を使用している。同人の右通称の使用は、同人の日本における生活上、差別問題等の点から必要不可欠であり、同年4月25日に出生した子の利益のためにも、このような夫の通称と同じ氏に妻が氏を変更できないとするのは、婚姻の機会に、夫または妻の氏を選択できる日本人同志の夫婦の場合に比べて不平等であり、抗告人の本件氏の変更の許可を却下した原審判は違法である。」というのである。
2 一件記録によれば、抗告人が、平成2年夏ころから、国籍韓国の朴武永と同棲し、翌3年4月8日、同人と婚姻届出をしたところ、抗告人は、従前戸籍において筆頭者ではなかったので、抗告人について、従前の氏により、婚姻に基づく新戸籍の編成がされ、同月25日には、両人の間に長子が出生したこと、朴武永は、昭和41年6月10日、○○市○○区において出生し、協定永住の権利を有する韓国人で、通称上田武永の日本名をもって、働き、抗告人の妻及び出生した長子と極く普通の家族生活を営んでいる男子であることがそれぞれ明かである。
3 わが国の戸籍実務は、日本人は、外国人との婚姻によって、当然には、外国人配偶者の氏を称することにはならないとの立場をとっているので、その氏は、そのままでは、婚姻の前後を通じて同一であり、変わることがない。このような取扱いをする実質的な理由は、(一)個人の呼称は、各国まちまちであり、その変動の理由がわが国のそれとは同一ではないこと、(二)わが国の戸籍法は、民法の規定する氏に従って取り扱われるため、外国法または慣習、習俗によって定まる婚姻後の個人の呼称を戸籍に記載することは、必ずしも容易ではないところにあるといわれている。
しかしながら、外国人の配偶者と婚姻した日本人が、その婚姻生活を円満に営んでいくために、外国人の配偶者と同じ氏を称することを希望する場合においては、この希望を尊重すべき充分な理由があることは、いうまでもないところであり、外国人配偶者が通称である日本名を永年に亘って使用し、社会生活において、右通称が定着していると認められるときには、これを実氏名の場合と同様に取り扱い、外国人配偶者の通称に従った氏の変更は戸籍法107条1項所定の「やむをえない事由」が具備されているとしてこれを許可すべきものと解するのが相当である。
けだし、旧民法においては、氏は、家の氏であり、個人はその所属する家の氏を称し、しかも家は家督相続により、代々承継されるものと観念されていたが、現行法における氏を旧来の観念をもって理解し、これを実定法の解釈の基礎とするのは、現行民法の精神を没却するものとして許されないところであるからである。いうまでもなく、民法の規定する氏の全てを、個人を特定表示するための単なる呼称にすぎないとまではいえないとしても、戸籍法107条所定の氏については、これが人を特定表示するための呼称以上の観念的要素を持つものとはいうことができないと解するのが相当である。
なお、昭和59年法律第45号により、戸籍法の一部が改正され、外国人と婚姻した日本人配偶者は、婚姻成立後6か月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ることなく、その氏を外国人配偶者の称している氏に変更する旨の届出をすることができるようになった(戸籍法107条2項)。もとより通称の姓ではなく、実氏名の氏の変更に関するものではあるが、右解釈を支持する根拠の一つとして考えることができると思われる。
4 これと異なる見解のもとに抗告人の申立を却下した原審判は、正当とはいえず、本件即時抗告は理由があるので、原審判を取り消し、抗告人の氏「森」を「上田」と変更することを許可することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 東條敬 小原卓雄)